息子、本日6歳になりました。
ということは私も親になって6年、息子によって親になれたこの6年。すっかりしごかれて、
親も板に付いてきました。
口が悪くて毒舌だったわたしも、育児をするようになって初めて言葉使いに気をつけたり、
笑ってごまかしたり、強がって大口叩く癖も気にして出来るだけ自分の気持ちを言う努力を
してきました。
先日私が「Lのためにやってるのに!」
といったところ、
「え?だったらやらなくていいのに、それってLのため??」
と言われました。
確かにそう。
親って「子供が喜ぶから」といって勝手に自分で苦労したりして挙句に「あんたのために」
なんてったりする。それって本当は「自分のため」なんだよね。
たとえば「掃除しないと」とかいうけど、実は親の方が異常に潔癖で、片付け魔なだけで、
こどもにとっては迷惑な話だったり、「一日30品目」なんていって、料理には手間暇かけるけど
実際にこどもにはあんまりかかわらないとか。そういうのってこどもからみたら「大人の勝手」
なんだなって。
こどもはちゃんと親を見てる。
自分勝手か、それとも自分のことよく考えてくれてるかとか。
心が通じてると、いざって時にすごい力になる。ちゃんとこっちのことも考えてくれるから。
だから、おもちゃなんかももちろんほしいだろうけど「買ったらひとりで遊んで」じゃなくて
買って一緒に遊ぶくらいの覚悟は本当に必要なんだなと。
かかわることってなかなか難しくって面倒で、時々いやになるんだけれど、こどもからそういうことを
たくさん教えてもらって少しづつかかわり方もわかるようになったような気がします。
今日は結局とくにいつもと変わらない日でしたが、朝起きて息子に
「お誕生日おめでとう」
といったら、
「ありがとう」
とかえってきたことがなんだか嬉しくて、こどもの命が6年間今日まで無事に続いてきたことに
とても感謝しました。
6年前に息子を産んだ時、なんだかとっても不安でした。
「このこをこれからずっと面倒見なくちゃいけないんだ・・・。」そう思っただけで
不安で、責任が重いとおもった。
なまあたたかい命は私には重すぎて、うれしい気持ちと同時に親になった痛みもあったかな。
とはいえ、こどもはどんどん大きくなり、つぎつぎに問題をもってきて、そのたびにこちらも
どんどん成長し、気がついたらものすごく図太い自分もいたりして。
でも私の場合息子のおかげで本来の自分を取り戻せたかと思う。
ずいぶん繊細な部分をもった息子のおかげで、それに対応すべく、私にも身についた繊細さ
はかつて私が捨て去ったものだったから、おかげで取り戻せてよかった。
たくさんの感動があっても、それに気がつくだけの心がなかったらその感動はなかったもの
に等しい。私が今多くのことに感謝できるのはまぎれもなく息子が私に呼び戻した感性。
それだけでも育児はとても面白い。
今日もたくさん遊んで疲れ果てて眠ってしまった息子。
「どんな6歳にしたい?」
ときいたら、
「明日と明後日を楽しむ!!」といっていた。
また一年間よろしく。
ということは私も親になって6年、息子によって親になれたこの6年。すっかりしごかれて、
親も板に付いてきました。
口が悪くて毒舌だったわたしも、育児をするようになって初めて言葉使いに気をつけたり、
笑ってごまかしたり、強がって大口叩く癖も気にして出来るだけ自分の気持ちを言う努力を
してきました。
先日私が「Lのためにやってるのに!」
といったところ、
「え?だったらやらなくていいのに、それってLのため??」
と言われました。
確かにそう。
親って「子供が喜ぶから」といって勝手に自分で苦労したりして挙句に「あんたのために」
なんてったりする。それって本当は「自分のため」なんだよね。
たとえば「掃除しないと」とかいうけど、実は親の方が異常に潔癖で、片付け魔なだけで、
こどもにとっては迷惑な話だったり、「一日30品目」なんていって、料理には手間暇かけるけど
実際にこどもにはあんまりかかわらないとか。そういうのってこどもからみたら「大人の勝手」
なんだなって。
こどもはちゃんと親を見てる。
自分勝手か、それとも自分のことよく考えてくれてるかとか。
心が通じてると、いざって時にすごい力になる。ちゃんとこっちのことも考えてくれるから。
だから、おもちゃなんかももちろんほしいだろうけど「買ったらひとりで遊んで」じゃなくて
買って一緒に遊ぶくらいの覚悟は本当に必要なんだなと。
かかわることってなかなか難しくって面倒で、時々いやになるんだけれど、こどもからそういうことを
たくさん教えてもらって少しづつかかわり方もわかるようになったような気がします。
今日は結局とくにいつもと変わらない日でしたが、朝起きて息子に
「お誕生日おめでとう」
といったら、
「ありがとう」
とかえってきたことがなんだか嬉しくて、こどもの命が6年間今日まで無事に続いてきたことに
とても感謝しました。
6年前に息子を産んだ時、なんだかとっても不安でした。
「このこをこれからずっと面倒見なくちゃいけないんだ・・・。」そう思っただけで
不安で、責任が重いとおもった。
なまあたたかい命は私には重すぎて、うれしい気持ちと同時に親になった痛みもあったかな。
とはいえ、こどもはどんどん大きくなり、つぎつぎに問題をもってきて、そのたびにこちらも
どんどん成長し、気がついたらものすごく図太い自分もいたりして。
でも私の場合息子のおかげで本来の自分を取り戻せたかと思う。
ずいぶん繊細な部分をもった息子のおかげで、それに対応すべく、私にも身についた繊細さ
はかつて私が捨て去ったものだったから、おかげで取り戻せてよかった。
たくさんの感動があっても、それに気がつくだけの心がなかったらその感動はなかったもの
に等しい。私が今多くのことに感謝できるのはまぎれもなく息子が私に呼び戻した感性。
それだけでも育児はとても面白い。
今日もたくさん遊んで疲れ果てて眠ってしまった息子。
「どんな6歳にしたい?」
ときいたら、
「明日と明後日を楽しむ!!」といっていた。
また一年間よろしく。





