2010年02月08日(月)
自分の感じ方
先週、息子の幼稚園で豆まきがありました。
息子は年長で初めて豆まきを体験。
実はとっても怖がりなんです。
年少の頃は「鬼が怖い」って幼稚園をお休みしました。
仮病なんか使わずに、先生に
「鬼が怖いから行かないそうです。」といったら
先生も驚いていました。
「怖くないから、来てほしいな」
先生の気持ちもわかりますが、
「怖い」と感じるのは息子なので、こればっかりは仕方がないと、それは感受性の問題で
弱虫ではないよと、私は思うのです。
よく大人が「怖くないよ」といいますが、それは「大人が怖くない」のであって、子どもは怖いんです。
怖い子もいるんです。
うちの息子はディズニーランドもだめでした。
きぐるみが怖くて。
「中に人が入ってるんだよ。」といったらもっとわけがわからなくて泣いていました。
年少さんの時はアニメも苦手で、ぜんまいざむらいというテレビさえも怖いといってみなかった。
年少の一年間はそういえばうちにテレビがなかったからという理由もあります。
童話の中の魔女やばけものが怖いように、息子はお化けの本もなかなか手に取ることもできなかった。
それが年中になり、年長になり、すっかりそんなことはなくなり、自然と怖くなくなっていきました。
いろんなことがわかって、世界が広がって、つくられた世界、ありのままの自然そんなものの区別がつくようになったのでしょう。
それを大人のほうで「怖くないでしょう?」とかいって無理に言い聞かせてもどうにもならない。
おむつが取れる日が決まっているように、初めて話す日がみんなと違っているように、
それぞれの子どもが自分の感じ方に正直でいいのではないかなとおもうのです。
大人だって、感受性はそれぞれですが、うつ病の方の相談にのっていますと時々
「子どもの頃、感受性を無視されたのでは?」と思うことがよくあるのです。
強がったり、頑張りすぎたり、自分の感情を無視してがむしゃらにやってしまうと心が
「まいった」というのかなと?
だから繊細で感受性の強い幼少期は特に「自分の感じ方」を大切にされてもいいのかなとおもうようになりました。
いろんな方の相談を経て、私自身もいろいろ学ばせてもらっています。
甘えん坊は一生甘えん坊ではないのです。
繊細な子は一生傷つきやすいわけではない。
ちゃんとその「感じ方」を大切にされてこそ、自分の能力を認められるようになったり、
「ありのままの自分」を愛せるようになるのかなと。
そんなことをふと思いました。
息子は年長で初めて豆まきを体験。
実はとっても怖がりなんです。
年少の頃は「鬼が怖い」って幼稚園をお休みしました。
仮病なんか使わずに、先生に
「鬼が怖いから行かないそうです。」といったら
先生も驚いていました。
「怖くないから、来てほしいな」
先生の気持ちもわかりますが、
「怖い」と感じるのは息子なので、こればっかりは仕方がないと、それは感受性の問題で
弱虫ではないよと、私は思うのです。
よく大人が「怖くないよ」といいますが、それは「大人が怖くない」のであって、子どもは怖いんです。
怖い子もいるんです。
うちの息子はディズニーランドもだめでした。
きぐるみが怖くて。
「中に人が入ってるんだよ。」といったらもっとわけがわからなくて泣いていました。
年少さんの時はアニメも苦手で、ぜんまいざむらいというテレビさえも怖いといってみなかった。
年少の一年間はそういえばうちにテレビがなかったからという理由もあります。
童話の中の魔女やばけものが怖いように、息子はお化けの本もなかなか手に取ることもできなかった。
それが年中になり、年長になり、すっかりそんなことはなくなり、自然と怖くなくなっていきました。
いろんなことがわかって、世界が広がって、つくられた世界、ありのままの自然そんなものの区別がつくようになったのでしょう。
それを大人のほうで「怖くないでしょう?」とかいって無理に言い聞かせてもどうにもならない。
おむつが取れる日が決まっているように、初めて話す日がみんなと違っているように、
それぞれの子どもが自分の感じ方に正直でいいのではないかなとおもうのです。
大人だって、感受性はそれぞれですが、うつ病の方の相談にのっていますと時々
「子どもの頃、感受性を無視されたのでは?」と思うことがよくあるのです。
強がったり、頑張りすぎたり、自分の感情を無視してがむしゃらにやってしまうと心が
「まいった」というのかなと?
だから繊細で感受性の強い幼少期は特に「自分の感じ方」を大切にされてもいいのかなとおもうようになりました。
いろんな方の相談を経て、私自身もいろいろ学ばせてもらっています。
甘えん坊は一生甘えん坊ではないのです。
繊細な子は一生傷つきやすいわけではない。
ちゃんとその「感じ方」を大切にされてこそ、自分の能力を認められるようになったり、
「ありのままの自分」を愛せるようになるのかなと。
そんなことをふと思いました。


