息子が剣道を習い始めました。
一日目で先生のお話がよかったので、根を張ることについていい復習になりました。
桜剣士会という名前の由来だそうですが、先生は桜が好きなのだと。
黙っていても人を感動させる桜のような人になりなさいとの教えでした。
桜は開花の時期以外は地味でじっといい花を咲かせようと雨や風に耐えて地中のエネルギーを蓄えていますね。
命いっぱいに咲いた桜は人を感動させる。
そんな風に剣道を通じていい人間になってもらいたいと。
練習は地味だけど、じっくりと練習することで桜のように咲く力を蓄えてほしいと思います。
私たち人間はすぐに結果を出そうとしてしまいますね。
でも結果は大切でしょうか?
もちろん結果がよければいいとおもいますが、先生は負けることについてもお話してくださいました。
たくさん負けることも大切なことだよ。特に最初のころはたくさん負けなさいと。
私はずっと負けることが嫌いでした。
でも海外で経験したいろいろな苦労や、体調を崩してしまったことも、離婚も・・・負けを認めるまで時間がかかりました。日本に戻ってきて見た桜はなによりも美しかったし、私もきっとたくさん負けて、苦しんできたから
今の自分があるのだとおもいました。なによりも「何事も自分の思い通りにならない」と心でわかりました。
だから意地を張ることを止められたのだとおもいます。
自分ではプライドだと思っていましたが、それは単なる強がりだったと今はわかります。
息子にもたくさん負けてもらって、自分を知るきっかけになってもらえたらと思います。


春は根を張る時期です。
樹木が根を張り、葉を付け。花を咲かせ、実を付けるように。
根を張ることを怠ってはだめなんだと。
根をしっかりと張る時間はもしかしたら一番地味な時間かもしれない。
でもその時間を楽しく過ごし、じっくりと根を育てる。
そしたらきっとあとはエネルギーを外にだすだけですね。

私も新しい生活の「根」をしっかり張って、いい花を咲かせたい。

第一チャクラ「根を張る」を強くする。

ベチパーやパチュリが助けてくれます。
2012.05.19 Sat l スピリチュアリティー l コメント (0) トラックバック (0) l top
母の日にいろんなことを考えました。
というか思い出した。

最近の私、どうも気持ちの満足が少なかった。
母として充実しているはずなのに、子どもはかわいいし、今の生活は申し分ないはずなのに、どこか自分がいるようないないような・・・。
それはかつても味わった、あの感覚・・・

そう、母親病みたいなものですね。
どっぷりと、母になると心の奥底でなにかが苦しくなってくる。
「本当に自分はここにいるよ!」ともがきたくなるような感覚。
離乳食ばっかりに気をとられていると、「私もここにいるのよ!」と自分の中のチャイルドが暴れ出す。
一回味わってるからいとも簡単に見つけ出せる私の中の小さな私。
「何がほしいの?どうしたいの?」

私はすっかり「自分の世話を忘れていたのですよ」とほほほ。
だって毎日背中を押されるように一日が終わるのに、どうやって自分を慰めたりいたわったりできるのだろう。
肉体のお世話はできるけど、心のお世話を忘れていました。

母の日、家族から今日だけはって感謝されるけど、いつもは「お母さんは奴隷なの?」ってこき使われる、
朝起きぬけに「ママ、あれはどこ?」
「ママ、ミルクティーは?」
二階で泣く息子・・・。
私は一人しかいないのよ。
手は2本しかないの。
おまけに私もトイレに行きたい。
みんなみんな、私だってここにいるのよ~!!って。
だってね、お母さんはみんなを満足させるためだけの存在なのかな?
みんなをいつも励まして、安心した世界を作るだけの存在??
そんなにね、今日だけ「お母さんありがとう!」なんて言われてもなんかしっくりこない。
じゃ、明日からまた何もしないの??
だんだん文句が増えてくる、母親病。

心の満足は自分で探すしかありません。
「誰かのために」を「自分のために」にちょっと変えてみる。

一番素敵なのは

誰かのためになり、自分も輝けることをする。
それが母親病に一番効く薬だ。
それが仕事なのか、ボランティアなのか、趣味なのか。
でもそれは人それぞれ。
ただ、「楽しい」を増やせば心はしっかり充電されるから。

母の日に思うこと。

母親病に効く香り

結構イランイランかな。
情熱を取り戻したい。

2012.05.16 Wed l 育児 l コメント (0) トラックバック (0) l top
4月の末に新居に引っ越しました。

新居の話はなかなかブログにも載せられず・・・なぜなら圧倒的に時間がなく・・・。(笑)
ただ単純に育児と新居計画と父の病気と・・・頭がパンク寸前になりつつ進行中でして、気がついたら家は出来上がり、背中をぎゅーっと押されて半分怒りつつ引っ越しました。
なんで怒りなのかって??
もーれつに時間がなく、7か月になるちびの世話をしながら、捨てるもの捨てて、やることいっぱい。
旦那は手伝ってくれないし、きーきーいいながら、友達の手を借りてなんとかなった!!
みなさま、感謝です。

新居に引っ越しするまで気持ちはなんだか落ち着かなくて・・・。
なんででしょうね??うれしいはずなのに、たぶん「変化すること」が怖いんでしょうね。
なんだか慣れ親しんでいるものにしがみつきたい気持ち。
新しくて素敵な洋服をまとうよりも、親しみのあるぼろを着てるほうがいいような。
それって成長を怖がっている気持ちにも似ていて。
でも実際に引っ越して身体が新居になじんできたら心からハッピーになれました。

家事がしやすいし、木の香りが素晴らしいし、家族とのコミュニケーションも楽だし。

今日はお天気もよく、洗濯物を干して、縁側から息子がサッカーをするのを眺める。
マンション暮らしだと、わざわざ自分も外に出てやらなくちゃだけど、新居は内と外がつながるスペースがたくさんあり、キッチンからユーティリティーから、息子の様子も手を止めずみてあげられる。
吹き抜けを通してリビングもつながってるから、家族に用があるときは下からも上からも顔を見て話せる。
ダイダイの世話をしながらアイロンかけたり。
家事はたくさんあるけれど、私って幸せ者なんだなって、おもいました。

みなさま、ありがとう!

2012.05.13 Sun l ローカル・新潟 l コメント (0) トラックバック (0) l top
先日マンションのお友達がまた一人引っ越してきました。
さみしいですね~。
本人も名残惜しそうで、なんだか元気がありませんでした。
引っ越しって、やっぱり気持ちが乱れますね。

私自身もこの春で新潟生活、やっと一年経ちます。
一年前はやっぱりさみしさや、不安やいろんな気持ちが駆け巡ったものでした。
元夫とは何度も転勤のため引っ越しをしました。
そのたびに涙の別れを何度の体験しました。
一番つらかったのはフランスから日本に戻るとき。
近所で一番仲のよかったママ友と別れるとき・・・。
子ども同士も仲が良くて、姉妹みたいに仲が良かったから、胸がぎゅーっと詰まるような気持ちになりました。
最後の日は「見送りにはいかないよ。」と彼女がいいました。
だってつらくなるじゃん・・・って。
私は何度も通った自分のうちのアパルトマンの通りにたって、彼女の住んでる部屋のほうに向かって
「ありがとう」といいました。
もう誰かと別れるのはいやだなと思ったけど、生きている限り出会いと別れがあって、仕方ないのかもしれません。別れのたびにつらいけど、別れがつらかった分その人が好きっってことですよね。
たくさんの出会いに感謝すべきなのでしょう。

その後暮らした埼玉でもたくさんの出会いがあり、その土地は私にとっての第二の故郷となりました。
離婚して子育てをしている私にたくさんの手が差し伸べられ、夫との生活を始めた場所です。
わたしにとって家族同然の友達もいます。
人生で大切なことをたくさん教わった土地です。
そんな土地を離れる時はやっぱり心細くて、さみしくて、どうしても引っ越ししたくなくて、夫に
「一人で行けば?」なんて冷たいこともいいました。
夫は「なんでお前の故郷に俺が一人で帰らなきゃならんのだ??」とあきれていました。
私は埼玉でたくさんの友人に恵まれ、これ以上の生活はないって思っていたので、頭では仕方がないこととわかっていても、また同じように胸がぎゅーっとなりました。
これではいかんと、なんどもサイプレスの精油を嗅ぎました。
別れに対してポジティブな気持ちを持たせてくれる香りです。
それからなぜかなぜかローズもかぎたくなるんですね。きっと第4チャクラを慰めるからかな~。
アロマに助けられて、自分の気持ちをしっかり受け止めて、私は旅立ちました。

地震もあって、つわりもあって、気分がおちつかない中での引っ越しでしたが新潟に帰ってきたらなんというかちょっとホッとしました。
自分の故郷ですからね・・・やっぱり。
マンションから見える山をみていると、やっぱりホッとしたりして。
もうすぐ桜が咲きます。
桜をみるとやっぱりいろいろな別れを思い出します。
あのときも、このときも・・・
でもやっぱりいつも今が一番素晴らしいのかもしれません。
別れがつらかったってことはいつも私が一生懸命生きてきた証です。
誰かから受け取った愛情を誰かに渡せる私でありますように・・・。
2012.04.03 Tue l スピリチュアリティー l コメント (0) トラックバック (0) l top
久しぶりの更新です。

昨日は祝日でしたが、夫は仕事だったので父の様子を見がてら実家に行ってきました。
両親は午前中に二人で買い物に行ったようでした。
父は若いころから仕事が忙しく、夫婦の時間はあまりなかった二人ですから当たり前の夫婦での外出などは父が病気になってからかもしれません。
平日に温泉に行ったり、ランチに行ったり、母にしてみればやっと当たり前の夫婦の暮らしを過ごせているのかもしれません。幸い父も元気で私たちが訪れると、孫の世話もしてくれますし、当たり前の会話に交じってそれなりに楽しそうにしています。

もしも父が病気にならなかったらこんな生活はできなかったかもしれません。
相変わらず、仕事に忙しく家族の時間はなかったかもしれません。
父が病気になって良かったとはいいませんが、別の見方をすればこれはギフトなのかもしれない。
それは病気にならなければ父はこんな風に穏やかにお爺さんの生活はせず、今でも先頭きって走り続けるタイプだからです。
もちろん病気になって以前の父ではなくなったことは残念ですが、違う面では私たちは家族の時間が持てているわけで・・・。時々私は「父はこういう面があったのだな」といまさらですがいろいろ感じることもあり、
私の知っていた父は側面だけで、本当の父の姿さえ知らなかったのだとおもいます。
母に対してもそうです。心配性なんですが病気の父との生活に順応しているし、それこそ夫婦の時間を楽しんでいるようにも思えます。
神様が「貴方はずっと家庭を支えるために頑張ってきたのだから、最後に夫婦で楽しく過ごせる時間をあげますよ」といわれているのかもしれません。
楽しそうに夫婦で話す両親を見ているとちょっとコミカルでおかしくなります。

家族が病気になったり、自分が病気になったり・・・
人生はいろんなことが起こります。
でも私はいつも思うのです、病気は私たちが何かに気がつくように神様が仕組んでくれているのだと。
上からみていて、「もっと見えない幸せに気がつくように」とアクシデントをくれることで気づかせてくれているのかもしれません。
2012.03.21 Wed l スピリチュアリティー l コメント (0) トラックバック (0) l top